2018年2月16日金曜日

いきものがたり サメとエイのトップ対談! 於:東海大学実習船「望星丸」

(はじめに…この記事は、2016年5月21日に天保山で行われた対談に関するレポートです。記事は未完成ですが、公開いたします)

大阪の港に、日本の若き希望の星を乗せてある船がやってきました。

その名も望星丸(ぼうせいまる)。



 東海大学が誇る1777トンの海洋実習船です。東海大学海洋学部の学生は、この船に乗り海を学ぶ実践の場として航海を経て大きく成長する、そんな人間育成の場でもあります。

 今からおよそ20年前、17歳の私は東海大学の学部案内を眺めながら、この船に乗って自分も海へと旅立つことを夢想していました。

 残念ながらその夢は叶わず、私が望星丸を初めて見たのは、その数年後に東海大学海洋科学博物館へ訪れた時で、今は展示物として置かれていた先代の船でした。

 そんなかつての憧れが、時を経て大阪港で私の眼前にある。
…思いはよぎりますが、私のお話はさておき、 停泊しているこの船に乗る目的は、比類なき生き物好きであり先駆的研究者でもあるお二方、サメ博士・田中彰教授と、海遊館・西田清徳館長のトップ対談を拝聴するためです。

 私がこのイベントを知ったのは、海遊館HPで募集する一般公開イベントの一覧からでした。

 2月のサメイベントで味を占めた私。海遊館は訪れて楽しい水族館であると同時に、参加して楽しい水族館でもあることを大いに感じ、イベントキラーになりつつあります。
 そこで見つけた「望星丸」の文字。

  あの船が大阪に来る。申し込みはFAX。日程を確認し、ネットでPDFをダウンロードし手書きで即送信。後日、申し込みの確認電話を受けました。(参加費は無料でした)

 地下鉄大阪港駅からいつもなら最後の交差点で左へ歩みを進めるところを、今回は直進し、波止場の岸壁へ向かいました。
 大阪港の岸壁に「T」の青いロゴも眩しい白い船がそこにはありました。
 


 乗船前にマーケットプレイスの外階段から、望星丸をフレームに収めました。
 大型の救命艇も装備し、世界の海で観測をする調査船でもあり、海に携わる若き星々を擁するにふさわしい偉容でした。

 今日は一人の生き物好きのオッサンとして、憧れの船で語られる生き物談義を伺うことに相成りました。でも心は、生き物好きの少年を携えてここに来たつもりです。

 乗船受付を済ませ、若きクルーたちが出迎える船に乗りました。
 物見遊山したいところですが、今日は正式な見学日でないため、誘導の通り歩みを進め、階段を下りていきますとやや天井の低い食堂と思しき空間に出ます。こちらが会場です。階下では、責任者の方がパンフレットを手渡しで、自由着席の旨を伝えられました。
 会場にはすでに田中先生・西田先生の両名が中央におられ、 正面で早々と会場入りしたご一団と歓談の真っ最中でした。

 私は少し外れた場所で会場を見渡せる位置へ陣取りました。
 入場に気づかれたお二方に会釈しますと、見慣れた顔と気がつき、西田先生は「来ると思ってました」の一言、「はい、来ちゃいました」と照れくさく応じました。
 多分趣旨的にはもう少し世代の若い方を念頭に置かれていたと思いますので、私は賑やかし程度で脇座に。会場のテレビモニターには、西田館長のプロフィールが映し出されてました。
 
 今日は講義ノート(サメ閻魔帳)も持参です。私の知の航海日誌に、その内容を書き留めつつ、待機しました。
 会場には最終的に、40数名の聴講者が集まりました。

 保護者を伴う中高生を中心に小さなお子さん、壮年の方など年齢層は広めでした。 

 定刻になり、司会の方が、今回のイベントの趣旨を説明されました。(実は昔、東海大学海洋科学博物館サメセミナーでお世話になった学芸員さんでした)
 大阪での望星丸寄港にあたり、海遊館と東海大学で一般公開前に何かイベントめいたことを企図した際に、板鰓類研究会(日本サメ学会)でも田中先生と交流の深い西田館長がこの場に快く応じてくださったそうです。

 今日は講義スタイルではなく対談、ざっくばらんに生き物を語るということのようで、お二人の生き物好きのルーツから人間臭い面も惜しみなく見せる場を、とこの少し狭い密な空間で内輪話っぽくやりたいとのことでした。いうなればサメ・エイ談話会ですね。

 生き物好きの少年のような目の輝きをいつまでも絶やさぬお二人、今日は存分に語られることでしょう。

 ★いきものがたり、アリジゴクって飼いたくて…。(西田館長の場合)

  まずは西田館長の生き物好きのルーツを伺うことに。
 幼き頃、大阪の中心部で育った西田少年。遊び場であった小さなお寺の境内、その縁の下で見つけた一つの穴が生き物好きのルーツとなる昆虫の住み処でした。

 アリジゴク。つまりウスバカゲロウの幼虫です。

 生き物好きの入り口として、ユニークかつありふれた昆虫です。西田少年は、そのすり鉢状の巣穴を観察し、穴を埋めたりほじったりしながら、巣を復元する大きな顎を持つその姿に魅せられたそうです。普通の子どもはここで飽きてしまうのでしょうが、この少年はアリジゴクを捕まえ、自宅で飼育を始めるのです。

 飼育を通じて様々な実験を始める西田少年。いうなれば根っからの研究者タイプで、興味と行動を同時に推し進める天才肌なのだとうかがい知れます。
 「面白い、不思議だ」と感じたことを突き詰める様は、周りの理解もあってのことだとうかがい知れます。ふつう、自宅にアリジゴクを連れ込んで複数の飼育箱を置くなんて、カーチャンが「汚い・気持ち悪い」と嫌悪感を示して、捨ててきなさいと言われるのがオチです。
 子どもは誰しも小さな研究者。 その萌芽が摘まれることなく伸びていけることは、何より大人の理解なくしては実現できないでしょう。

 アリジゴク熱もそこそこに、成長した西田少年はカラーテレビ全盛、海外の生き物ドキュメンタリーの映像に魅せられます。
 当時、世界中の海で水中映像を撮影していたジャック・イブ・クストー。カリプソ号という船で航海しながらそのドキュメンタリーを提供していたのです。
 見たことない海の世界、そしてそこに棲む生き物。
 当時流行っていた8mmフィルムカメラで、生き物の映像を記録する真似事を始めます。
 ウスバカゲロウの羽化など撮影し、生物映像の記録に没頭していたそうです。
 そんな中、映画「ジョーズ」が公開され、そこに登場する海洋生物学者の存在を見て、その仕事に魅力を感じてサメ研究をするという目標を掲げ、水産学部のある北海道大学でその道を歩み始めます。

 ジョーズからサメ研究へ。この王道のような展開に驚くとともに、変わらない生き物への興味も保ち続けられる素質が羨ましいとさえ思いました。
 でも北大ではいきなりサメ研究を始めるわけではなく、農学系のヒグマの研究という寄り道もしつつサメ研究に軌道修正したそうです。
 しかし、サメ研究は先任である仲谷先生がサメの分類学をされており、師事していた教授によってエイの分類学へと導かれたのでした。
 当初のサメ研究はこの時点では果たせず、同じ板鰓類のエイの研究者としての道が拓かれたのでした。

 そして水族館に携わる人間になったきっかけは、分類学には欠かせない標本の採集からだったそうです。
 エイは北海道では一部のカスベなど、実に魚種に乏しいものだったそうで勢い全国でエイを集めに行くことになります。漁船に乗ることもしばしばあったそうですが、当時全国に増え始めていた水族館で入手することを思いつき、欲しい魚種を見つけると「もし死んでしまったら貰えないか」というのちに飼育で関わる人間とは思えない発言をされていたそうです。
 水族館からは「死神みたいやな」と悪態をつかれてしまうことも。とはいえ、純粋に研究したいという願いから発せられたものは、伝わったことでしょう。
 この方法で入手をするとともに、実際に水族館から漁船に同乗してでの採集を教えられ、効率的に標本採集をすることができたそうです。

 そういった縁もあって、地元大阪で海遊館のお仕事に携わるようになったとのこと。
 アリジゴク研究から海の映像美、ジョーズからエイへの華麗なる転身です。

 西田先生は研究者としての素養を、かなり早いうちに身につけたことと、そういった興味に対してのモチベーションを保ち続けられる飽くなきチャレンジ精神が、この道を歩む原動力になったのではないでしょうか。

  ★いきものがたり、海から風が吹いている(田中先生の場合)

 田中先生は、西田先生より6歳年上でいらっしゃいます。
 先生の生き物好きの原体験は、横浜の海岸での海遊びだったそうです。
 モニターには、白黒のお写真で、神奈川の観音崎の浜辺でくつろぐ少年が映っていました。

 生き物と戯れることももちろんですが、何より海で遊ぶこと、泳ぐことが好きだったと述懐されています。海が好き、自然が好き、探究心と冒険心の旺盛な少年だったようです。

 そして年齢とともに高まる知識欲を満たすものとして、当時定期刊行されていた「Reader's Digest」という情報雑誌から、当時珍しい動物の図鑑などを手に入れ、海にまつわる知識や教養を吸収していったそうです。
  当時の特集が組まれていた、イルカと会話できる方法などにとても興味が湧いたそうです。

 そしておぼろげながら海や動物に携わりたい、そんな思いを抱いたことから漁業などの「水産学」分野ではなく、海洋開発などでより魅力を感じた「海洋学」という分野に方向付けをし当時新鋭だった東海大学海洋学部の門を叩きます。

 東海大学は、キャンパスが県をまたがって設立されており、入学当初は内陸の場所で海要素がかなり薄かったそうです。でも水産試験研究所の先生の講義を受けたことをきっかけに夏休みに築地のアルバイトでこの分野の片鱗を経験したそうです。
 2年生になり、静岡にある清水キャンパスでいよいよ海とも近くなり、本格的に海洋学を学ぶことになります。
 そこでは当時研究され始めた動物行動学の記録研究「バイオテレメトリー」に関わったそうです。

 魚類に発信機を取り付け、その行動を調べるという水産と海洋工学の最先端に触れられたそうです。指呼の距離にあった遠洋水産研究所(現:国際水産資源研究所)との共同研究だったそうです。

 この動物行動学の研究を、当初の目的であったイルカの研究と結び付け、イルカの鳴き声の研究者のいる長崎大学で研究をしようと思い立ちます。

 しかし、イルカの研究を修士の2年では難しいと説得を受け、イカ(頭足類)かサメ(板鰓類)が研究者もいないし面白いからどうかとの誘いを受け、字面の近い「イカ」にはイカず、サメを選ばれました。
 どちらにするかを考えるために参考とした、イギリスの王立研究所から刊行されたウバザメの研究報告で、何も詳しいことがわかっていないことに気づき、それならと思い立ったということのようです。
  当時ジョーズは未公開。サメをどんなふうに思っていたのか、田中先生はある意味先入観のないままこの分野へと導かれたのです。

 
 田中先生は、お話を伺うに連れて自らの強い意志で道を進むというよりも機に応じて触れたものや知ったことに対して臆せず飛び込んでいく姿が見て取れました。
 つまり状況を楽しみつつ、それに対して何のてらいもない素直な学びの姿勢がとても感じられます。それは海をまるごと愛するような懐の深さにも通ずるのでしょう。

 お二人は現在進行形で「生き物好き」であるということが、続いて語られた研究活動からもうかがい知れます。


 ★いきものがたり、Joy,Joy,Joy ハッピーな研究生活

 サメ・エイの研究者として、その道のりは「サメ好き」「エイ好き」がそのまま博士になったのではなく、きっかけはある種不本意ながらも、生き物としてのそれらの魅力を十分に感じることができてこそ歩めた研究人生とも言えるでしょう。

 お二人の研究成果といいますか、いわゆる面白さを見出した部分のお話ということでさらに対談は続きます。

 前段にも触れましたように、西田館長はエイの分類学とともに、生き物の記録映像を撮影するということをライフワークになさっておられます。
  海遊館でもビデオの記録が頻繁に展示に現れるのは、こうしたビジュアルに訴えることでわかりやすさと興味を同時に満たせる「優れた展示」であるが故でしょう。

 情報の書きこまれたパネルや標本は、もちろん知識欲を満たすには必要不可欠なものであるに違いありません。でもより効果的に視覚に刻み込むこのビデオ映像は、純粋な感動と不思議への共感が得られる点で、実物により近づけるモノであることは間違いないはず。

 西田館長が解説してくださったのは、海遊館で捉えられた2つの映像。
 サメ類でその行動が知られる「腸洗い」、いわゆる老廃物の溜まった腸の目詰まりを解消する能動的な脱腸ですね。

 私はスマスイでツマグロの腸洗いを見たことがあります。異常に速い泳ぎで、腹部からまるでタヌキの八畳敷のようなものがビロビロと飛び出していました。
 サメの腸はらせん状に弁が連なりとても短いものです。長ければ多少の詰まりは許せても、この短絡な腸は消化不良などの弊害を抱えやすいのでしょう。
  
 ジンベエのそれは、映像から見るに実に豪快でした。腸の部位が出てきたかと思うと、水中辺り一面が残渣の煙幕で視界不良に。泳ぐ速度は特に変わらず、少し腹部を揺さぶるような動作でした。
 巨体は相当なカスを溜め込んでいたのですね。しかし水質悪化になったりしないのでしょうか、その点には触れられていませんでした。

 (前半ここまで 続きが読みたい方は…コメントを残してお待ちくださいませ。更新するときがあるかもしれません)

2017年12月20日水曜日

サメ総括2017 & スマスイ電撃訪問(メジロザメラッシュ)

2017年も残り2週間を切ってしまいました。
早いものです。

暮れから年度末にかけては、本業がクソ忙しくなるためブログはもとよりSNSする暇もないのが実情です。(それ以外はヒマ? 言い訳乙)

はい、今年も投稿が少ないですねぇ。m(_ _)m
ウチワシュモクザメの遊泳。尾ビレ以外はほとんど動かさない省エネ遊泳でもある。動いていないように見えて、尾ビレは激しく動いている。つまり…


 ところで、今年のサメ活動の締めくくりに近隣の水族館を訪れようと考え、スマスイ(神戸市立須磨海浜水族園)をラスト訪問先に選びました。
関西サメ男の会(開店休業?)メンバーであるS氏の情報で、「スマスイメジロザメラッシュ」が勃発中とのことで、これは行かねば年が越せん!と単騎出陣を決行したのです。

12月某日。
ハーバーランド界隈で午前中に私用を済ませ、スマスイへ向かいました。
冬の水族館はオフシーズンなのですが、12月はデート目的のつがいであふれかえり、サメ観覧には不向きです。

例によってチケットを購入し(年パス不保持者)、カップル・ファミリーの合間を縫ってサメの溢れる「波の大水槽」へ。

スマスイでサメと言えば、この「波の大水槽」。
先日(9月吉日)も、関西サメ男の会での会合先にこのスマスイが選ばれました。
サメ仲間とともに過ごす時間は至福のひと時です。(呼びかけ人のK氏に感謝)

件のS氏もスマスイ常連で、ほぼ毎週通っているとか。
そして例の「メジロザメラッシュ」は、小型のメジロザメ類(種は不明)が新規に搬入され、その数が1尾2尾ではないとのことでした。
実際に確認してみますと…。

確かに! 60センチほどの子ザメが表層を群れるように泳いでいあるではありませんか!
左は古参のツマグロ。中央が新参のメジロザメと思われる。右はハナザメ(S氏より情報)

おお、しかも5尾ほどは確実に9月以降に来た種類だろうと推測されます。
一昨年搬入のクロトガリザメは、体長こそ1.5m(目測)は越えたものの、すでに傷が多く、体格もやややせ気味です。
その後搬入のドタブカは割と丈夫なのか、悠々と泳ぐ2尾が1mそこそこで状態もすこぶる良いです。

スマスイでメジロザメと言えば古参のヤジブカも衰えを見せぬ体格を維持しています。
長くサメを飼うことの難しさを理解しているものからすれば、奇跡の水槽です。

特徴をつかむために水槽に張り付いて撮影をします。一応後ろに立たれた時は、少しずらすなどしてなるべく見ていただけるようにわずかに気を使います。

それでも夢中になると視野が狭くなるのですが…。
サメ好きの生態には抗えぬものです。

と、私の隣にかなり体格の良い御仁が立たれました。
おやっと、御顔を覗き込むとなんと「S氏」だったのです。
「おおう!」と思わず声が出ました。
 「Sさん!Sさん、●●(本名)です。Haieです!」
訝しげな顔を一瞬されましたが、私とわかると一気に笑顔に。

普段と少し装いが違いましたので、すぐわからなかったようです。(変装ではないです)
いやぁ奇遇とはまさにこのこと。
私も、スマスイはS氏のホームなので、もしかしたらいてはるかな、なんて思ってましたが。いやはや、嬉しい限りです。
「Sさんのメジロザメ情報で来ましたよ」と告げますと、 早速目の前でサメ談義が始まりました。
既存のサメと新入りのサメの見分け方から、その数や特徴について…。


各ヒレの先端に黒い斑紋が見られるのはハナザメ。
よく見ますと、たしかに第一背ビレ、第二背ビレ、尾ビレ下葉、胸ビレ内側、 しりビレ、の各先端に、黒く濃い斑紋がついています。(前回搬入の個体だそうです。訂正12/20)

ハナザメの若魚は各ヒレに斑紋あり


例によって、特徴の似通った「ドタブカ」「クロトガリザメ」「クロヘリメジロ」「カマストガリザメ」「ハナザメ」などの名前が上がりましたが、若魚の特徴をとらえきれません。
S氏は、図鑑から引用したこれらの特徴を「Facebook」上で投稿したようで、それを読み上げてくださいました。
しかし、若魚は成魚の特徴とは異なる部位も多く、参考にするには難しいようです。
(S氏は、この投稿にあまり反応がないと嘆いていました…マニア向けですからねぇ)
 若魚に見られるヒレの黒斑は、「カマストガリザメ」の特徴であると、「日本産魚類検索(東海大学出版会)p.175」記されていました。どうでしょうか?


 ハナザメとは別に、鈍い金属光沢を放つ若魚の一群が、新規搬入組だそうです。
 
斑紋のない新参メジロ。ホントに混乱しますね。


ただ、この時間帯の水槽ではかなり自然光を受けており、そのため若魚が非常に印象的に金属光沢を帯びていました。メタリックボディは、クロヘリメジロも「Copper(赤銅)」や「Bronze(青銅)」を冠するサメなので、私はそう思いましたが、如何に?

自然採光のため、光の影響を受けることが多い。
スマスイはこの自然の採光が時に撮影者の腕を求めることもあり、その点では難儀なのですが、観賞に当たってはサメの美しさを引き立てる絶好の効果をもたらすのです。

そう、この水槽は観る時間帯によってサメの姿を楽しめる光のイリュージョンなのです。
S氏はスマホで、私はコンデジ(新機)でそれぞれ撮影に挑みながら、見比べ合い、時にサメの特徴や水槽についての話もします。

ここでおもむろに「プチ・サメ男の会」です。
ホームだけあって、S氏はこの水槽の変化についても教えてくださいました。
「シノノメサカタザメ(エイ!)の若魚がコーナーからこちらへ搬入された件」
…尾ビレがややひん曲がっており、成長期に狭い水槽にい過ぎたことがアダになったか?
「タイマイ(ウミガメ)が、搬入された件」
…模様が非常に美しい! カイメン(エサ)を投入すべき! サメの若魚の天敵は実はカメらしい。
 などしばらく来ないうちにまた変化しているようです。

自然光の当たりが変わって撮影がやや難儀なため、少し館内を巡ることに。
観覧者も多く、冬でもにぎわいを見せる各コーナーの様子は、 スマスイの人気ぶりを大いに感じます。
各水槽でコメントしながら二人で回ります。

そうそう、気泡の溢れるアマモ水槽ですが、私の今年一番のヒットは、こちらで見られた「ワレカラ天国」です。(今はその姿を見られませんが)
中央のくねくねした紐みたいなのがワレカラ

ワレカラは1センチほどの微小な甲殻類なのですが、それらがアマモにびっしりとしがみついている(苦手な方もいるかもしれない)凄まじい様子が一時期見られました。
恐らく春先にワレカラが大量に出現するのでまた見られることと期待します。
S氏はここでヨウジウオを見つけられるのに苦労しているとのことでした。
アミメハギとかいるよねぇー。
色々とバブリー(光合成中!)な水槽です。注目株です。
ウツボの口について、とてもわかりやすい!

ニシキテグリ(?)カメラ目線です!

微小な歯が並ぶナヌカザメ。なかなか間近に観察できない。

 ほか、手書きの説明版に工夫が見られたり、ホシズナの観察ができたり、戌年を先取りした水槽群などサメ以外の話題でも楽しみ合いながらめぐりました。(イルカショーを見たりはしま…)

小腹がすいたのでスマスイ名物「シャークナゲット」を二人でほおばりながら、 私のSNS投稿の改善についてお話をいただき恐縮しながらも、60周年を迎えたスマスイのリニューアル問題についても話をしました。
以前のリニューアル(須磨"水族館"時代)では、駐車場敷地を移転先として建て替えがあったので、もしあるとするならそこを利用するとなるだろうとの推測をし、新館ができるなら今と同じ自然光を生かした展示で、サメについては専用の水槽ができればよいなと意見を述べ合いました。

日も陰り、再び「波の大水槽」へ。
夕暮れより始まる「アクアイルミナージュ」という夜間イベントのためライトアップされ、 ムード満点。こたつがかなり浮いています。


S氏は、プロジェクションでホール上方に映し出される映像にサメが出ますというので、二人で鑑賞。
海の命が織りなす映像美に、しばし見とれました。

サメ仲間と見るイベントは、実に楽しいものです。ふらりと来たところで、偶然の遭遇。
今年最後のサメ活は、有意義なものとなりました。日頃の行いや...うむ。

帰路で、ご一緒したことでHaieが自由に回れなかったのでは、と気遣われましたが、心配無用。サメを楽しむのが第一ですから、時間を共有できてこれ以上のことはないです。素敵なサプライズでしたよ。

二人のシルエット。左がHaie、右がS氏。
来年もサメ活を出来るだろうか、サメ仲間と時間が過ごすことができるだろうか。
思うようにいかない時もありますが、機を見て動くを忘れずに、来年も皆サメと過ごせると信じています。
SNSは落ち着きましたら、またやっていきます。気長にオナガにお待ちあれ。

本年のサメ活。

春のぷらっとスマスイ(ぷっスマ)
海遊館定期巡回(4回 顔博にてメガマウス初展示!)

秋の遠征、山陰サメめぐり第一弾(しまねアクアス・青谷上寺地遺跡)

関西サメ男の会 F氏神戸凱旋記念会(スマスイ・グランシャークにて)
名古屋港水族館(コロザメ観賞・サメバーガー賞味)

大阪弥生文化博物館(海に生きた人々展
冬のぷらっとスマスイ
関東遠征なし。
HP種名リストのみ更新。

近畿圏の定期巡回ができていませんなぁ。レポート類・SNSも放置中です。(やる気スイッチどこにある?)
あと、来年は病気しませんように(すでに慢性の脂肪肝疑いあり…)

私的メモ: 海の酸化と炭酸カルシウムとサメの歯の関係
     カズハゴンドウの口の白フチとメガマウスの白フチ。
     神話のサメと海民と日本人のルーツ。
     関東遠征・京急油壺マリンパーク
     長期遠征候補 東北・南西諸島
     サメ会 和歌山方面・しまねアクアス・泉南サメグルメ











2017年5月17日水曜日

2017年 新種のサメ Bythaelurus vivaldii

2017年命名の新種のサメが見つかる!(ただし120年以上前の標本から)

1899年にインド洋を調査したドイツの「Valdivia深海探検隊」が取得した深海ザメ標本が、ハンブルク大学の研究者によって新種と判明したそうです。


トラザメ科の一属、Bythaelurus属(新称:ミナミナガサキトラザメ属)は、主にインド洋に生息する種類で、アジアでは南シナ海で1種、アフリカ東部の西インド洋などにも生息しているようです。(ニュージーランド産の、和名のミナミナガサキトラザメ [Bythaelurus dawsoni] も同属)

ちなみに昨年発見の近い新種、「Bythaelurus bachi」も同じ研究者の方です。
当時の調査蒐集が膨大で標本が長らく混同されていたようですが、近縁種とは頭部の形状や背びれの特徴、口腔内の形状など、多数の違いが認められたそうです。
120年以上前のものにもかかわらず、劣化が少ない標本の保存状態がよかったのでしょうね。
 標本は大事です。

ちなみにヴィヴァルディ (vivaldi) とかバッハ(bach)とか、種小名にドイツの音楽家の名前が冠されているのは多分命名者の趣味だと思う…。

本家サイトのリストを更新しました。
http://www.geocities.jp/haie1976/list.html


写真や模式図は以下で見られます。
http://todropscience.tumblr.com/

2016年12月7日水曜日

2016年板鰓類研究会シンポジウムレポートその1(アカシュモクザメの飼育)

 2016年板鰓類研究会シンポジウムレポートその1

 泳げハンマー! 苦節40年の道のりと飽くなきサメ飼育魂


 レポートコラム、今回は図らずも発表者の方から前回(注:2012年シンポレポート)のご感想をいただく機会に恵まれ、ありがたいやら申し訳ないやらです。
 普段は『中の人』と会ってがっかりされるのを恐れて控えめな交流で細々やっております。科学的知見もサメ知識も浅いオッサンです。
 140人超も参加者がおられて、発表へのレスポンスがないわけはないので、私のレポートする意味もずいぶん薄れてきたように思えます。
 すでにこのサイトは『オワコン』だと。

 なので、あまり期待されませぬようにお願いいたします。
 さて頭から順に…と行きたいところですが、今回はランダムにというかやりやすい演題から参ります。
 というわけで、シンポジウム午後イチの演目、第二会場ともなりました「東京都葛西臨海水族園」の発表から参りましょう!


葛西臨海水族園での板鰓類飼育展示の試み 東京都葛西臨海水族園

 葛西臨海水族園は、東京都江戸川区の荒川河口の埋め立て地に開発された1989年設立の海浜公園内の水族館です。
 バブル期のウォーターフロント開発が各地でやにわに興りましたが、その最たる例です。
 私も何度も訪れた同園ですが、敷地の広さと開放感あふれる園内の様子に、いつも圧倒されます。

ウォーターフロント再開発の象徴、水族園エントランス

 サメについては、エントランスのエスカレーターを降りてすぐの「大洋の航海者」という200tの水槽コーナーでツマグロやクロガネウシバナトビエイとともにアカシュモクザメの群泳を見ることができます。正式に数えたことはないですが少なくとも5個体以上としても、国内指折りの多さですね。 



 こちらで見られる複数個体の飼育展示は、今でこそ珍しくはなくなりましたが、やはり飼育の難しい種で水族館のサメレベルを計るにはうってつけの種類です。(ここに以前はスミツキザメというサメもいました)

 こちらのサメ飼育の原点ともいうべき、悲願であったアカシュモクザメの飼育メソッド確立にまつわるお話から、さらに飼育の難しい種類のサメを展示することへの挑戦の履歴も合わせて発表してくださいました。

 葛西臨海水族園は東京都が運営する(現在は指定管理者制度による)公園施設で、前身は恩賜上野動物園内の水族館であったそうです。動物園附設の水族館から独立する形でこの水族館構想が生まれたとのお話です。

 ※超余談ですが20年近く前、上野時代のアカシュモクザメを収めた写真が新聞に載せられた時に、さかさまであったためそれに憤慨した私が新聞社へ抗議の手紙を書いたことがあります。 (←困ったサメファンですね)
 担当部署の方が訂正とお詫びの返事をくださり、以後は海遊館飼育の立派な写真が使われるようになりました。しょうもない話ですみません。 
アカシュモクザメのいる大洋の航海者水槽(小)はいつも人気

 さてサメについても、このアカシュモクザメは40年前の当時からの飼育挑戦種で、この頃の全国的な飼育日数の平均が27日だったそうです。
 ひと月に満たないということはやはり飼育の上で何らかの問題を抱えているということになるでしょう。

 葛西臨海水族園では、この問題への試行錯誤をいくつも経てきた歴史があるのです。

 まず、アカシュモクザメを取得する環境から。
 飼育を始めた往時では、アカシュモクザメは、主に小笠原諸島の父島でコンスタントに得られたそうです。(恐らく縦はえ縄漁でしょうか)
 しかもその年生まれ(当才魚)なので、40センチという比較的サイズの小さいものだそうです。
 魚体の損傷もほぼなくかなりいいコンディションであるでしょう。
 さて捕まえたサメ、同じ東京都とはいえかなり離れた場所から水族館まで運ばねばなりません。

 まず運ぶための道具、輸送用の水槽が必要ですね。船で運ぶとして生け簀にドボンと漬けた場合、水質を維持しながらサメを安定させた状態で運ぶことは難しいでしょう。
 酸素が足りないと窒息、汚染が進むと病気や生理機能の低下、さらに呼吸のための遊泳できる広さも必要です。
 運搬の都合を考え、船舶の生け簀でなく、直接水族園へ運べる移動可能な水槽であることも必須です。

 そこで6tの円形型水槽を作り運んだのですが、アカシュモクザメは水質を維持し、運んだにもかかわらずかなり衰弱していた様子。

1m前後ながら、力強い泳ぎを見せるアカシュモクザメ


 6tの水槽を運ぶ海路はかなりの時化で(太平洋のど真ん中)、波にもまれるたびに水槽内の水も揺れ、アカシュモクザメが船酔いと壁への衝突を繰り返していたことが分かりました。シュモクザメ類は特に、頭部に感覚器官が詰まっており、目や鼻先といった生きる上で欠かせない部位もかなり突出しています。これらがぶつかり続けるとどうなるか…。急所をやられるようなものですね。

 揺れと衝突。これはタンク内の空気を確保するために開けていた隙間によるものでした。
 そのため揺れをもろに受けていたのです。上野時代の限界はここまでだったそう。

 なので、空気の層をなくし、水槽内を水で満たすことでゆれそのものを解消することに至りました。今では九州産を陸路で運ぶ方法をとられているとのこと。
 輸送の問題はひとまず解決。

 さて無事に運べたら、今度は水族園の用意する環境に馴れてもらわねばなりません。

 頭で舵を取るシュモクザメ。狭い水槽ではだめですね。200tの水槽は、子どものシュモクザメにとってはまずまずの大きさ。
 しかし、水の流れに沿う力、背く力この強さが強すぎたり弱すぎたりしてもいけません。
 流れが速いと泳ぎ疲れたりし、方向を制御したりすることが難しくなります。かといって流れが弱いと今度は、呼吸のための遊泳で常に泳ぎ続けることの負担にもなるでしょう。
 つまり泳ぎ疲れない制御しやすい流れをある程度の速さに保たねばならないということになります。
 この点をいくつも試験を繰り返し、シュモクザメにとってより過ごしやすい環境を探り当てることに成功したそうです。さらに照明についても、刺激しすぎないよう角度や強さを調整することで、シュモクザメのストレスを減らすことにも成功しました。
 文面ではさらっと書いてしまう内容ですが、恐らく多くの骸を見送る中で、日々試行錯誤を繰り返し人間の側がサメにすり寄ってご機嫌伺いをすることで、よりよい環境を見出せたことに他なりません。講演中、アカシュモクザメでは特に餌付けについては触れられてなかったのでその点は大きな苦労は少なかったのでしょうか。

 ○○したから大丈夫だという限定的な飼育でなく、どうすればアカシュモクザメが過ごしやすい環境を提供できるのか、問題を常に解決しながら進もうとする確実性の積み重ねの上に、今水族園で縦横無尽に泳ぎ回る元気なアカシュモクザメの姿が見られるのです。

 今では大阪海遊館、名古屋港水族館、アクアワールド大洗、マリンワールド海の中道、須磨海浜水族園、江ノ島水族館といった各地で、私が知るだけでも安定的に飼育できている園館がいくつも見られます。

 なので今は当たり前に見られるサメであっても、その飼育方法は犠牲と試行錯誤の連続を経て獲得しうるのだと改めて理解できました。

 飼育の現場は「生き物を生かす」という、最大の結果を残すことが問われます。
 我々観客は、ほとんどこの結果のみしか見ることができません。
 なので、短絡的な見方をしてしまいがちですが、目の前にいる生き物は例外なく人の手によってもたらされた奇跡の瞬間の延長線上にあるのです。
 そのルーツをたどるような発表は、「わがままな観覧者上等!」の啖呵のようでもありました。

 しかし、飼育は何年出来たから成功、というもではなく引き合いに出しますと、海遊館の西田館長曰く、「繁殖ができて、初めて認められたような気がする」と貪欲です。
 私もアカシュモクザメの成熟個体同士が水槽内で繁殖し、継代飼育できるようになればよいなぁと思う次第です。
 果たしてそんな日は来るのでしょうか。葛西臨海水族園での取り組みを見ていますと案外絵空事のような気がしないのです。

 他にも葛西臨海水族園は、外洋性のサメ類(ヨシキリザメ、イタチザメ、マオナガ)、深海ザメ(ラブカ、ミツクリザメ)の飼育の試みについても取り組んでおられます。もって1週間というさらに飼育の難しいこれらの種ですが、日数の記録を着実に伸ばしつつあるとのことで期待せざるを得ません。
 特に深海ザメは、深海100mの水圧を再現する圧力容器や圧力水槽といったツールでの試みがされているそうです。

 これらのサメは搬入のたびにニュースになり、それ目当ての来館者もあるでしょうから、「需要」の上に成り立つ展示なのです

 私はこの辺の子細を見分けたくていろいろ情報に触れますが、ただ気紛れな需要を満たすための展示でなく、一本筋の通った取り組みであることもまた知らせて欲しいものだと思いました。
 「今回はここがだめだったので次はこうします」、というその過程であるならば、珍しいから入れただけという姿勢と違ってはるかに意を汲み取れます。
 某園館はそういった苦情の多さで、貴種の飼育挑戦に及び腰になられたりもしたと聞きます。
 真摯に取り組む姿が見えるならばこういった心無い声もトーンダウンするでしょうし、支持する声も高まることでしょう。

 私はだから生き死にの問題は仕方ない、ただ次があるならそのために、試行錯誤の途上ならそれも知りたいのです。今回は、そういった一サメファン興味に応えていただけた発表でした。

 いつか訪れる奇跡の瞬間。
 水槽内で元気に泳ぎ回るサメの姿、それを望むサメファンがいないはずありません。

 次回は未定ですが、ヨシキリの飼育についての発表が濃厚です。

 

2016年12月4日日曜日

2016年日本板鰓類研究会シンポジウム参加報告

2016年 日本板鰓類研究会シンポジウム

於:東京都葛西臨海公園内ホテルシーサイド江戸川(東京都江戸川区)

 主催:日本板鰓類研究会 
 共催:東京都葛西臨海水族園、長崎大学水産学部、東北大学三陸水産研究センター

 2016年12月3日、東京は葛西臨海公園内のホテルを会場とし、サメ・エイに関するHOTな研究テーマを引っ提げて研究者が集い、サメへの興味関心を抱くあらゆる分野の人々が集結した

「日本板鰓類研究会シンポジウム」。

会場となった臨海公園内ホテルシーサイド江戸川

 今回は140名の参加者との主催者発表で、ホテル内のセミナールームという広めの会場ながら、密集陣形での聴講と相成りました。これまでに比べても濃厚なシンポジウムであったと余韻に浸っています。(当方3回の参加ながら…)

 まずは、本シンポジウムの開催に当たってご尽力された皆様、長崎大学の山口先生や三陸水産研究センターの後藤先生、研究会スタッフの方々、会場となったホテルスタッフの皆さん、シンポジウム後の会場となった葛西臨海水族園スタッフの皆さんに一参加者として感謝をいたしたいと思います。
 温かい「おもてなし」本当にありがとうございました。

 またHaieの「中の人」と個人的に交流をお持ちいただいた皆様、
 (お誘いいただいた豊橋市自然博物館Sさん、シャークジャーナリスト沼口麻子さん、東京海洋大学のKさん、長崎大学研究センターのNさん、日本大学のT先生、茨城ミュージアムパークのTさん、静岡県エラスモブランチのMさん、北海道大学のFさん、SNSサメ仲間Nさん)
 ご歓談の機会をいただき、とても楽しかったです。またお会いできればよいですね。


右上よりサメキュートバッグ(米産)、シンポジウム概要(ガンギエイ)、Haieサメリスト、右下よりサメ閻魔帳(聞き書き帳)、台湾研究者謹呈の記念ポストカード、ネコザメクリヤファイル(葛西水族園謹製)、沼口さん主催のサメクリスマスイベントチラシ(出来立て!)

 さてシンポジウムは、サメ・エイに関わる研究22題のボリュームで朝9:20から始まり、16:30頃まで3回の休憩をはさんでのタイトなスケジュールながら、参加者の方々皆さん長丁場を集中して聴き入られたほど内容の濃いものだったように思います。質疑も出来る限りの時間でいくつもあり、興味の度合いがどの回もうかがえました。ポスター発表や懇親会でのライトニングトーク(研究プレゼン)も盛況でした。(最終20:00、皆さんお疲れ様でした)

 もちろん私Haie(非研究者)の理解の及ばぬ部分も多々ありましたが、サメの研究が進みその謎が明らかになりつつあること知るのはとてもエキサイティングで時間がたつのがあっという間でした。(京都から4時起き朝駆けしても…)
  
日本の心「Fujiyama」:朝イチの新幹線より

 分類学、バイオロギング、水産、生理学、医学、飼育研究、遺伝子などなど…発せられる言葉一つ一つからサメ・エイに真摯に向かわられる情熱が伝わりました。

 ざっと紹介いたしますと、サメの分類(増えたり減ったり忙しい、当リストにないサメも多い!やばい!)、サメの身体機能の解析(心臓の機構、熱交換システム、生殖能力と特性…サメは身体も特別な存在!)、生態系の中の地位とヒトとの関わり(深海の主へのリスペクト、食害との関係と実態…サメは必要不可欠(鱶だけにネ!)、また水族館を中心とした飼育に関するテーマも大変興味深いものが多かったです。
 この関係は現会長仲谷一宏名誉教授も強化したいと冒頭挨拶の中で述べられていました。

 呼応する形で、懇親会のあいさつで水族園副園長さんが飼育に関して、「『サメ・エイを見たい!!』と皆さんが声を上げることでそれは必ず実現できると信じている」とのお話が胸に残りました。多くの方の知りたい気持ちが支持となって、研究と理解につながるとの思いが伝わりました。

 僕らはもっとサメを知る必要がある! それはこの地球の先輩であり、海の大事な調律者であり構成員であるサメやエイに対する正しい知識と興味によって研究が進めば、ヒトの鑑となりえる存在として確かなものであることが明らかになるからだと信じています。

 学びましょう!サメとヒトと生かされるすべての生き物のために。


 レポートはぼちぼちあげていきます。(このブログ中心になると思います)どうぞよろしくお願いします。
 ここまでお読みになったみなさん、ありがとうございます。
 私と画面を通してサメの価値を知る旅に出かけましょう。ほんの少しの間ですが…。



過去のレポート
2012年 海遊館でのサメシンポジウム
2004年 東大でのサメシンポジウム

 また今回は交流いただいた研究者の方にコラムレポート更新を期待するお声をいただき、非力ながら好印象のご反応を直にいただけたことが何より嬉しいお話でした。(拙い理解力で申し訳ないと思いつつ…過去のこちらのレポート「イタチザメの遊泳特性」)
 2012年シンポジウムレポートは中座してしまいましたが、今回も出来る限りのレポートに挑戦したいと思います。リクエストをお寄せください、やります!

(…多分)

 どうぞご反応などお寄せ下さい。「中の人」のやる気が出ます…ので。
 あと、会場内の撮影を原則禁止されましたので、画像は控えめになると思います。ご了承ください。


2016年6月21日火曜日

サメ全種類リスト更新。ただし新種一種のみ。

 2016年、サメの情報をあれこれチェックしてますと、ニュースレターのチェック漏れで今年の1月だかに学術誌Zootaxaで、トラザメの新種が記載されているのが分かりました。

 フカく!
 じゃなくて「不覚」。

 2016オリンピック開催地「リオ・デ・ジャネイロ」 の沖で捕れたトラザメ属の1種で、学名を「Scyliorhinus cabofriensis」と名づけられました。(added "sp. nov")

 http://shark-references.com/species/view/Scyliorhinus-cabofriensis

 大西洋沖、南米産で知られる種、Freckled catshark(Scyliorhinus haeckelii) とよく似た種ですが、カラーパターンやクラスパー、神経頭蓋に違いがあるようです。いわゆる隠ぺい種(今まで同じにされてきたけど違う認定)の扱いなのでしょうね。
 昨年見つかった新種、Dark freckled catshark(Scyliorhinus ugoi)もかなりよく似た種です。同じ海域で毎年新種が出るのはいかがなものか。

 望星丸のサメ・エイ対談で、東海大学の田中彰先生がおっしゃっていた、最初にきちんと種を分けておかないと、あとで研究がパーになるという話にも通じそうです。
 田中先生の場合は、「フジクジラ」でしたが。

 つまりは違う種を一緒くたにして研究してしまった場合、研究としては不完全なものになるのだそうです。
 タイプ標本という、いわゆる種を見分けるうえで参考にする見本となる標本の段階で、混同されてしまうと台無しになるとのことでした。

 先生曰く、違う種なのに群れで入り混じった状態で大量に捕れるので始末が悪いなんてぼやきもありました。

 最近の新種発見の傾向は、このようなものが多くなっている気がします。
 同じとされたものが実は違うという、新種あるある。

 他方、1976年に見つかったメガマウスのような、とんでもないサメは海のどこかにいるかもしれません。
 でも私たちに知られることなくひっそりと種が絶えることも否定できません。
 なぜなら私たちは、研究が進んだとはいえ、まだサメのことを全然知らないに等しいのですから。

 サメ全種一覧(サメサイト Haieのナカミ)

2016年5月9日月曜日

関西サメ男の会、京都サメ談話会の報告。

去る5月3日に、京都駅周辺の会議室を借りて行いました、関西サメ男の会・初オフ会「京都サメ談話会」。
 昨年にシャークジャーナリスト沼口麻子さんと企画した「京都サメ談話会」も同会場でした。

 ただ今回は沼口さんのご参加はなく、Haieが沼口さん主催の談話会やイベントでお知り合いになった方を中心にメンバーを募り、お集まりいただけたものです。(直前の大阪談話会で呼びかけていただけたことも大変大きかったです)
 私の力ではなく、沼口さんと皆さんのサメへの好奇心の高まりがこの会が開かれた源だと思えます。



 ご参加いただいた8名の方々になによりお礼を申さねばなりません。
 連休という日にも関わらずお集まりくださって本当にありがとうございました。
 皆様のおかげで本当に楽しい時間を共有することができたと思います。
 
 さて、会にご参加されなかった方のために当日の様子を少しお話したいと思います。

※参加者の個人名や所属は伏せますが、特定されない範囲でエピソードをご紹介します。

 当日は、9時に設営を開始しました。
 18年目のおんぼろマイカーにありったけの夢と希望とサメ本50オーバー(パンパン)と台車を積み込み、会場入りしました。設備の関係で会場となる部屋の変更を前日に告げられるというハプニングもありましたが、何とか事なきを得、ゼミ室のような会議室をそそくさと配置換えし、パソコンを立ち上げモニターにつなぎ、白板に今日のお題を書き連ねました。

 参加者のほぼ全員が午後の会場入りと聞き及んでおりましたので、のんびりやろうかとWebのチェックや印刷物の整理、本の陳列などをいそいそとしておりました。

 そうしますと、部屋のドアに黒い影。
 ノックをして入ってきたのは、沼口さんの大阪でのイベントでお会いし、昨年の京都サメ談話会にもお越しくださったMさん。(以後イニシャルで)
 私が思う関西屈指の沼口さんファンの方です。

  円陣に組まれた座席にご案内し、名札代わりに張るシールを胸元に付けていただきました。そしてお茶とお菓子をご用意。
 しかし、当初のプログラムは変更せざる得ず、(想定の範囲内でした)午後の参加者の方が揃ってから本番ということで談話会の組み替えをしました。

 なので、Mさんとはマンツーマンでお好きな水族館の話題などをWeb情報でモニターに出しつつ、秘蔵映像やサメ本なども交えてお話しいたしました。
 普段ここまで話せる人がいないとおっしゃるMさん、私も同じです。
 話題は尽きませんが、気がつけばお昼時。

 当日は、普段オープンしている施設内のレストランも喫茶店も連休でおやすみとのことで、昼食をどうしようかと考えていましたところ、出前のピザをとることで凌ぎました。
 二人でピザをつまみながら、サメ談義。そういえば、3日前の談話会でもピザ食べていたなぁ。ピザとサメ話は合うのかも。

 食べ終えた頃に、午後の参加者の方々も集まりはじめ、会を本格的に始めることに。会場代を人数で分担する方式で、シンプルな設定でやりました。
  皆さん、差し入れやお土産ありがとうございました。こちらでご用意したお菓子がほぼいらないくらいでした。感謝です。(最後はおみやげとしてシェアしました)

 イベントは、サメ好きの皆さんひとりひとりのプロフィールを質問に答える形で話題を掘り起こし、聞きつつ会話もする体裁をとりました。

 従前の談話会では、自己紹介は軽めでテーマに沿って、割とサメに詳しい方ペースで話が進む形式でした。話の流れができやすい反面、お話があまり出来ない方も出てしまうので、せっかく集まりながらもメンバー同士が交流を持てないのが私としては残念でした。

 なので必ず場の中心になるようローテーションで語る場を設け、皆さんに応じてもらうことでサメについて語りつつ自らのサメ好きもPRして、仲良くなってもらおうという趣旨で始めました。

 サメ好きの10の質問という形で私が司会をし、オープンディスカッション形式で進行しました。
 例えば、サメの印象的な水族館はどこ?、という質問から、「私もそこです!」「まだ行ったことない」「見どころは?」「どんなサメがいる」と、聞き手からの質問にも応じて場合によってはサメ本やオンラインのWebをモニターで表示しながら、情報を補足し、全員の理解を得ながら進行しました。
 特に込み入った話題では、この展開で皆さんのおいてけぼり度は格段に低くなったと思っています。

 でも司会の私がおいてけぼりになり、「バレンシア地方」を「マレーシア」と聞き違える度アホぶりを発揮してたり、司会には向いてないことが図らずも露呈しました。(外回り久しく、普段はPCがお友達な仕事ばかりです)

 そんなこんなで8名の方に入れ代わり立ち代わり話題を提供し、それを元に話を深め、意見を述べたり詳しい方から補足をいただきながら、 非常に濃い談話会となりました。
 でも私の方で画像や資料をすっとご用意できなくて、もたもたする場面もあり、流れはあまり良くなかったかもしれないなと思う場面も。次回に生かしたいですね。

 参加者の方々は40代男性4名、30代男性2名(うち私)、20代男性、20代女性となりました。ほとんどの方が沼口さんのイベントを通してお知り合いになった方です。

 それでも特に 他のサメ好きに誘い合わせてこられた方でも、ジョーズやサメ文学の話題やサメそのものへの疑問にお答えする場もでき、サメを知らない方でも話題の中心になってお話を展開することができてよかったと思います。曰く「不思議な空間」とおっしゃられ、サメ好きの織り成すトークの魅力を感じられたのではないかと思います。

 またすべての方が関西在住ではなく、首都圏や別の地域から来られるので、この会としても「関西在住」「関西出身」「関西のサメ情報に関心がある」ことでオープンにやっていきたいところです。
 なにより「サメ情報の共有」と「サメ好きの交流」という2点を目標に、「ただサメを楽しむこと」を実践していければとの思いです。
  また「サメ男(おとこ)」と冠していますが、女性の参加者も募れる寛容さを皆持っていますので、会の名前の裏切り度がハンパない状態です。

でも、これでええんや。

「サメが好きやったらそれでええねん」 という身もフタもないユルさを維持していけたらいいなと思っています。

 私自身は会の世話人(代表とか会長ではなく)として、場を作ることに専念できればいいなと思っています。私も皆さんのお話を聞いて、サメ好きとしての姿勢や楽しみ方、知識の向上と立場の共感をできたと思っております。
 サメが好きでも、サメを断たないといけなかった経験を持つ方に、私もそんな時期があったと出戻り組として痛く共感したり、水族館のサメ展示はどうあるべきかやサメ好きは何をすべきかという議論もしてみたり、グッズやイベントの情報共有もできたりし、まるで合宿のような雰囲気でした。

 しかしイベントの時間は限りあるもの。
 熱のあがった談話は、17時でお開きに。撤収作業の後(皆さんご協力ありがとうございました)、懇親会と称して近くの居酒屋で延長戦をやるお決まりのパターンで余韻に浸ったのでした。

  何より連休の谷間で、これだけお集まりいただけるとは思いませんで呼びかけ人としてはほっとしたというのが正直なところです。

 いろいろ課題はありますが、まぁ集まりたい時に集まれるよう調整して、やりたいことをやるで、しばらくやっていけたらいいなと思っています。
 また、今回ご参加を見合された方もご希望があればそれに応じて会を運営していきたいと思っています。サメビギナーの方でも敷居は低く、コアなマニアもディープに。なかなか難しいですが、サメが好きという根っこでつながれば、サメ好きとしての自分の行動にも自信とパワーが出てくることと思います。

 積極的にサメを知り、そして楽しむ。知識はさほど重要ではない、サメを楽しむ心こそが、この会の言わんとするところです。あんまり大きな会にならず、マイナーにボチボチやれればいいですね。
 しかし、イベントってやる側の苦労がよくわかりました。沼口さんにあまり迂闊なことが言えなくなるなぁ。いつもいろいろ大変なことをされている、そう思います。
 皆さんも沼口さんの会に参加される時は、労いの心でお願いします。

 ちなみにこの会は、ビジネスでなく有志の集まりなので、HaieはHPの宣伝ができるくらいのメリットです(アフィリエイトは張ってませんよ)。またいろいろ企画して、ブログをご覧の方でもご参加くださることを望んでいます。
(今はFacebook中心ですが)

 私はサメ好きのあなたに会いたい、そしてサメ好きとして時間を共有したい、心おきなくサメについて語る場であればと思います。
 Haieは、普段は電車通勤のどこにでもいるヒラなシャーインです。偉い肩書は何もないです。サメに関する仕事をしているわけでもない。

 そんな人間でもサメが好きということでつながれる。それが「関西サメ男の会」なんです。